ニクソン・ショック【アメリカの情勢と経済ニュース】

 
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ニクソン・ショック

ニクソン・ショックとはアメリカ合衆国大統領リチャード・ニクソン政権が発表した、既存の世界秩序を変革する2つの大きな方針転換である。

ニクション・ショックのうち第1は1971年7月15日に発表されたニクソン大統領の中華人民共和国への訪問を予告する宣言から実際に北京を訪問するまでの一連の外交のことをいい、第2は1971年8月15日に発表されたドルと金との交換停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終了と変動為替相場制の開始を告げた声明のことである。

一般的には、ニクソン・ショックといえば第2のことを意味する。

当時、景気の過熱により経常収支が悪化するアメリカは、やがて固定レートを変更しドルを切り下げるであろうと予測されていた。

このため経常黒字国であった日本の円やドイツのマルクに対して投機が殺到するようになり、日本やドイツの経済も過熱気味になることになった。

ドイツは第二次世界大戦前にハイパーインフレーションで経済を疲弊させた苦い記憶があり、インフレーションを未然に防ごうとしていた。

日本も高度経済成長末期において

日本も高度経済成長末期において巨大プロジェクトが目白押しであったため、アメリカの過剰輸入、資本輸出によるインフレーションは厄介であった。

このため、現況であるアメリカの過剰財政支出への非難が強まり、ニクソン政権はこれに対応する必要性に迫られていた。

ニクソン政権はベトナム戦争と国内雇用維持のために財政支出を必要としており、本来であれば財政赤字とインフレと貿易赤字の不均衡を解消する合理的な手段として財政赤字の削減を行うべきところを、通貨安という手段をとることになった。

これは、財政赤字とは当時行われていたベトナム戦争であり、これは軍事的地位の保持などの理由で取りえなかったためである。ニクション・ショックはその後、1970年代の政策迷走と現代にも残る貿易赤字を生み出すこととなる。

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